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カリスマ先生のマネは出来ない?!


カリスマ先生のマネは出来ません。だからこそカリスマ先生です。

 小学生指導のカリスマ先生といえば、皆さんが思い浮かべるのは100マス計算の陰山先生でしょうか。また、NHKのプロフェッショナルという番組で紹介されていた島根の公立中学校の田尻先生(英語教師)もカリスマ教師の一人といえると思います。他にも全国区で見れば、何人ものカリスマ先生がいらっしゃいます。

 カリスマ先生は、とても素晴らしい指導をしていただけるので、是非、我が子をそのような先生にみてもらいたいと思うのは、当たり前の親心です。でも、残念ながら、カリスマ先生はどこにでもいるわけではありません。めったにお目にかかれないのです。

 そこで、それではカリスマ先生の指導方法を真似てみようとなっても不思議ではありません。ですが、そこに落とし穴があります。残念ながらプロ教師ですら、カリスマ先生のマネは出来ないのです。

 以前、陰山先生の指導の下、ある先生(T先生)が100マス計算の授業をしている風景が、NHKの特集で流れていました。その時のある生徒(S君)の表情を見て、私は、そこで一言必要だと思いましたが、T先生はS君に対して何も声をかけませんでした。しかし、陰山先生がすかさず近づいて、その時にS君に言うべきことをT先生に伝えていました。

 私の目から見れば、あの場面においては、その一言が何よりも大切であり、その一言がなければおそらくS君にとって、その授業は失敗だったといっても言いすぎではないと思います。

 ですが、残念ながらこういうことは、教えてもらって出来ることではありません。指導する生徒によって、その声かけの内容は全く変わるからです。だから、陰山(カリスマ)先生の形(100マス計算指導)だけをマネしても、陰山(カリスマ)先生にはなれないのです。

 この光景は、私にとっては至極当然なことです。実は、陰山先生は、100マス計算を使うから素晴らしいのではなく、陰山先生そのものが素晴らしい指導者だということです。陰山先生から100マス計算を取り上げても、間違いなく、陰山先生は一流の先生として子供たちを大きく伸ばすと思います。

 100マス計算に賛否両論がありますが、私に言わせれば、それは少しおかしな話です。なぜなら、100マス計算は単なる道具(正確にいえば手段)だからです。包丁を一流の職人に持たせれば、最高の料理を作るよい道具ですが、幼い子供に持たせれば危険な道具です。要は、誰がどのように使うかが重要なのです。

 NHKのプロフェッショナルに出ていた中学校教師の田尻先生が、授業中に単語カードのカルタ取りをやったり、一部の生徒を先生役に任命して他の子を指導させたりするのも、田尻先生がクラス全体に気を配り、一人一人の精神面のケアをし、良きリーダーとしてクラスの規律を保っているからこそ成り立っているのです。

 決して、カルタ取りや生徒間の相互指導が素晴らしいわけではありません。うかつに新人の先生がそのようなことをマネすれば、毎回生徒にカルタ取りをせがまれて授業が進まなくなったり、先生役の生徒が威張り出したりと授業の収拾がつかなくなるのは間違いありません。

 母親の立場とすれば、我が子がカリスマ先生に教えてもらえたらと思うのは無理もありません。でも、それは宝くじが当たることを願うのと同じです。確かにカリスマ先生なら、普通であれば落ちこぼれる生徒を助けてくれると思います。でも、たとえ学年に一人のカリスマ先生がいたとしても、その先生に受け持ってもらえるかどうかはわかりません。

 だからこそ、普通の先生に普通に教わっても、しっかりついていけるように家庭での学習を頑張らせた方が良いのです。学級崩壊の低年齢化が進んでいる昨今では、普通の先生に普通に指導していただいているだけでも幸せなくらいです。

 最後になりますが、間違っても、お母さんがカリスマ先生のマネをしようとは考えないほうがいいと思います。カリスマ先生をカーレーサーに例えれば、一流のレーサーがレースの中で素晴らしいテクニックと細かい状況判断のもとに、急カーブを時速100kmで曲がることが出来ることと同じです。素人がそんなスピードで急カーブに突っ込んだら事故を起こすに決まっています。

 ですから、当サイトの学力アップのコツに書いてあるような当たり前のこと(誰でも簡単に出来ること)をきちんとやらせて、学力の基礎をしっかりと定着させることが、家庭の役割だと思います。  

2006/9/10

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