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ささいな違いが大きな違い


 以前のコラムの「家庭でのルール作りのコツ」や「算・国・漢1日1ページ運動」を読んでいただいた方の中には、こんな細かいルールはとても守れないと思われた方も多いのではないでしょうか。

 正直、私も、あれほどの細かいルールを100%守ってもらいたいわけではありません。なのに、なぜ、そこまで細かいルールをわざわざ書いているのでしょうか。

 それは、同じことを同じようにしているつもりでも、結果に大きく差が出る怖さを知っているからです。では、なぜ、同じことをやっているのに同じ結果が出ないのでしょうか。それは、同じことをしているつもりで、ほんの少し違うことをやっていることが原因です。

 そして、そのほんの少しの違いが、大きな結果の違いを生みます。なぜなら、目に見えている違いは、ほんの少しでも、考え方の本質が大きく異なっているからです。(逆に考えれば、やっていることは全く異なっていても、本質が同じであれば、同じ結果を出すことが出来ます。)

 例えば、子供たちが学校から帰ってきて「今日は、運動会の練習で疲れたからページ数を減らして。」と言ったときに、「しかたないわね。今日だけ、1ページ減らしてあげるわ。」と応えるお母さんも、朝、子供たちの登校前に「今日は、運動会の練習がたくさんあるし、難しいページが多いから、1ページ減らしていいわよ。」と伝えておくお母さんも、どちらも練習するページ数を1ページ減らしたという点では同じです。しかし、両者の間には大きな違いがあります。

 前者は、ページ数の決定権を子供に渡したことになります。後者は、子供がページ数について考える前に、一歩先を見越して、親が判断していることになります。子供たちが学習している量は同じでも、中身は全く違うということです。

 また、本人の訴えを聞く形で、ページ数を減らすにしても、「そのかわり、明日1ページ余分に頑張ってね。」とか、「勉強を少なくした分、テレビをぐずぐず見たりしないで、早く休んでね。」などと、あくまでも学習量の決定権がお母さんにあれば後者と同じになります。

 見かけ上は、ささいな違いのようですが、ページ数の決定権が自分にあると思っている子は、いつもページ数を減らしてもらおうと考えるでしょうし、その願いが聞き入れられない時は、常に不満を持って勉強することになります。これでは学習の効果は上がりません。

 逆に、ページ数の決定権が自分にないと思っている子は、そのような不満を持たなくて済むので、目の前の課題をやりきることに集中出来ます。この違いが毎日続けば、どれほど大きな差になるかは容易に想像がつくのではないでしょうか。

 このようにささいな違いが大きな違いにつながるので、様々なコラムで細かいルールを提案しています。ただし、本質さえ正しくつかめば、細かいルールにしばられる必要がないこともお分かりいただけると思います。本質さえ正しくつかんでいれば、あとは一人一人の個性に合わせた方が、より良い家庭学習環境になると思います。

2007/09/13

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